鞘師里保がモーニング娘。を卒業するということ

 モーニング娘。というグループ名を聞いたとき、大抵の人が想像するのは約10年前のそれであると思う。『LOVEマシーン』から始まった彼女たちの快進撃は、アイドルシーンを特に追っていない人でも記憶にあるはずだ。安倍なつみ後藤真希石川梨華……卒業と加入を繰り返す独自のシステムのなかで、モーニング娘。は時代と共に数々のスターを輩出してきた。

そんなモーニング娘。だが、ファン以外にとってはおそらく、6期メンバーの道重さゆみ亀井絵里田中れいな藤本美貴の加入あたりで記憶が途切れているのではないだろうか。当時、リーダーの飯田圭織をはじめ矢口真里や即戦力の藤本美貴など知名度の高いメンバーはいたものの、初期メンバーの相次ぐ卒業により世代交代がされ始め、シングルの売り上げやライブの動員も一時期よりは落ち込んでいた。その後、矢口真里のスキャンダル脱退から吉澤ひとみリーダーを経て、藤本美貴がリーダーに就任。しかしなんと、藤本もスキャンダルのため25日で脱退。リーダーは5期メンバーの高橋愛となった。これで誰もが知っている黄金時代のメンバーは全員去り、またこの頃にはAKB48の台頭もあったため、アイドル=モーニング娘。という時代は終わりつつあった。

そんな高橋リーダー時代のモーニング娘。は、とても厳しい状況の中で活動していた。注目度が目に見えて下がり、この頃の世間の認識としては「モーニング娘。っていま中国人いるんだっけ?」という程度のものだった。2008年には、デビュー以来毎年出演した紅白歌合戦にも出られなくなった。しかし、世間への露出がないことを逆手に取り、彼女たちは来る日も来る日もレッスンに明け暮れて、ライブパフォーマンスを磨く方向にシフトした。そのため当時ライブに通っていたファンは、彼女たちのパフォーマンスレベルに驚嘆し、熱狂的にハマっていくことになるが、世間への露出がない以上かなり局地的な人気にとどまっていたのも事実である。また、メンバーチェンジを繰り返すモーニング娘。であるが、8期のジュンジュンリンリン光井愛佳以降は新メンバーの加入が何年も行われなかった。そのことも、ある意味で停滞といったイメージを世間に与えていた。落ち続ける売り上げに対し、次第に「このままモーニング娘。は終わるんじゃないか」「いよいよ解散するんじゃないか」といった声も出始めるようになった。

そんなとき、実に4年ぶりの新メンバーオーディションの開催が発表される。“停滞”から一転、それは希望の光だった。“これでダメならもう終わり”というような緊張感もあったなかでのオーディション。そのオーディションを受けにやってきたのが、ダンスとモーニング娘。が大好きな女の子、のちに新メンバーとして加入する12歳の鞘師里保である。

鞘師里保のオーディション映像を初めて見たとき、ファンは衝撃を受けることになる。Perfumeを輩出した広島アクターズスクールで当時メインを張っていた彼女は、一言でいえば“モノが違った”のだ。コレはものすごいことになるんじゃないか……誰もが未来に希望を感じた瞬間だったと思う。このオーディションは鞘師を加入させるために開かれたのだという一説もあるほど、彼女の才能は他を圧倒し、新時代の到来を予感させた。

www.youtube.com


その予感は、彼女たち9期にとって初のコンサートツアー「新創世記 ファンタジーDX ~9期メンを迎えて~」で早くも証明されることとなった。高橋愛新垣里沙鞘師里保の3人によるダンスパフォーマンスである。これは説明よりも一見したほうが早い。初披露時の会場中のどよめきは、今でも忘れることはない。

www.youtube.com


鞘師を含む9期4人が加入してから、グループの雰囲気はかなり変化した。高橋愛新垣里沙をはじめとしたベテランの先輩たちに、12〜14歳の9期。キャッチーで明るい曲も増えた。同時に9期は、何年も先をいく先輩の背中に追いつくため、必死でパフォーマンスを磨いていく。そして、加入してわずか1年で、リーダーの高橋愛新垣里沙光井愛佳の卒業を経験する。そのことで彼女たち9期は即戦力としての活躍を求められるようになり、“新人”ではいられなくなった。そのとき、鞘師はすでに田中れいなとのダブルセンターポジションに立っていた。加入して1年、13歳の彼女は早くもグループを牽引する立場となっていたのだ。
“新人”から“エース”へのスピード出世に、本人は大変なプレッシャーを感じていたことと思う。もちろん実力があるからこその抜擢ではあるが、何年も続くモーニング娘。の看板を背負うことの重さは、我々には到底想像できない。ときには“こんな新人がメインなんて”とバッシングされることもあった。それでも彼女は毅然と、堂々と、自分の役割をこなした。彼女には、“モーニング娘。を1番にする”という夢があったからだ。

現在のモーニング娘。の最大の特徴“フォーメーションダンス”が定まったのもこの頃である。2012年に発売した50枚目のシングル『One Two Three』では、それまでと違うEDMの曲調に合わせ、場位置を次々に変える高度なダンスを披露し、グループのイメージを一新させた。この路線を決定づけたのも、センター鞘師のダンススキルがあってのことだった。
2013年の春にダブルセンターの田中れいなが卒業してからは、ついに鞘師の単独センター体制になり、ダンス路線をはっきりと確立していくこととなる。

www.youtube.com


そして近年、モーニング娘。は“再ブレイク”と徐々に注目を集める機会が増えた。
グループとしての知名度を押し上げたのが道重さゆみならば、パフォーマンスレベルを押し上げたのは間違いなく鞘師里保である。もちろん他のメンバーが何もしていないわけではないし、みんなそれぞれ魅力のあるメンバーだ。しかしなかでも、12歳から5年間センターを務め上げ、グループの方向性を示した鞘師はモーニング娘。の歴史を大きく揺るがした人物なのだ。その鞘師里保が、今年の12月31日で卒業する。

彼女は加入当時からとても大人びていて、自分に何が求められるかを察知したり、俯瞰した見方ができる賢い人だった。その真面目さゆえに、すべての問題を1人で抱え込んでしまう人でもあった。なんでもできるようでいて、人間的な面ではとても不器用だということ、そしてそこから見え隠れする孤独さがまた、多くの人を惹きつける要因でもあったように思う。決して器用ではないけれど、それでも“モーニング娘。を1番にする”という情熱のみをもって戦う姿を、彼女はこの5年間絶えず見せてくれた。

そんな彼女の率いるモーニング娘。の形は、ここで終わりを迎えることになる。17歳、アイドルとしてはまだまだこれからという年齢での卒業。彼女が悩んで出したその答えの意味を、このあとの彼女の人生、そして加入と卒業を繰り返すグループの未来で、いつか認められるときが来るのだろうか。
モーニング娘。の長い歴史が、また一つ変わっていく。